2004年12月31日

アメリカンビューティ

■今年の英語の締めは「アメリカンビューティ」の映画。120分

奈良の事件の報道を見てなんとなくもどかしさを感じて、過去何度も見た「アメリカンビューティ」を字幕を消して見た。
自分が英語の勉強をしようと思った目標の一つが「字幕無しで映画が見れるようになること」。
これが、なかなか大変だということが分かった一年であった。
一年でできるようになるのは無理無理で、この目標は来年以降持ち越されるのだった。
今回の聞き取りは6、7割がいいところだったかな。
早口で言い合いしているところはまだまだ難しい。
ただ、スラングなんぞは余り覚えても有効でなく、普通の単語や会話の暗記、理解でなんとか映画は聞き取れるものだなぁと思った。

内容はひと言でいえば「アメリカの中流家庭の崩壊」というものなのだが、今まで何回も見ているので、新たなデティールの発見ができた。
父、母、こども一人という三人の家庭の、道路をはさんだ二軒が主な舞台。
父親役のケビン・スペイシーの独り言とシャワールームでの千擦りwで始まり、娘のクラスメート(ソーラ・バーチ)で一際セクシーな子(ミーナ・スバーリ)を思い浮かべて、中盤でもう一度w千擦りシーンが。
こんなに間抜けな役をよくやるなスペイシー。
ソーラ・バーチ扮する娘をストーカー紛いにビデオテープで盗撮する、娘の同級生でもある向いの家の息子。
この息子が撮影しているという設定で、モニター越しのスペイシー家がたまに出てくるところがこの映画の秀逸な部分なのだが、ソーラ・バーチが割とどんくさく描かれ、ミーナ・スバーリが美少女として描かれる中、その息子のカメラはその少女二人を撮るときには必ず、ミーナ・スバーリを無視してソーラ・バーチにズームしていく。
スペイシー家のほうは、親父が娘と同年齢の娘に惚れて麻薬でラリッて会社を辞めるは母親は不倫するわ、一方その向いの家は、父親は退役軍人かなんかで母親と一緒にずっと家にいてテレビ見てるような寒い家だわで、窮屈な雰囲気の中、最初は「ストーカー、キモッ!」ってな反応をして距離のあった子供二人に奇妙な親和性、歩み寄りが生まれる。
暗闇で隣の家の少女をビデオカメラで盗撮する少年とその少女との最終的な和解と接近。

奈良のああいう嫌な事件が起こる度に思う。
もちろん犯罪の残虐性はどうしようもなく、擁護できることはこれっぽっちも無い。
しかし、ああゆう残忍性を持ってしまった人はそう簡単にそれを直すことはできないのではないか?
ならば、犯罪を犯す一歩手前のギリギリを延々と生きていけるような手段はなかったのだろうか?
(それが我慢できないところがダメダメなのかもしれないが)
「アメリカンビューティ」の盗撮少年のビデオのカメラの先には一筋の「光」があった。

娘の同級生と援交にこぎつけそうになったバカ親父のスペイシーは遭えない最期を遂げるのでした。

さて、誰に殺られたのでしょう?

あと、ソーラ・バーチはやはりイイ!
最近の日本の若者がよく「ダリぃ」とか「ダルぃ」とか言うけど、正にそんな姿をうまく表現できる女優。(「ゴーストワールド」も見るべし)
日本にはそういうリアルを表現してる女優はまだいないなぁ。
昔のアイドル文化の癖が残っているのか明るすぎするんだよね。それ自体ウソっぽい。
posted by Hachimitsu at 00:00| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | リスニング教材としての映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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