2006年02月17日

END OF THE CENTURY

B0008190YI.01._OU09_PE0_SCMZZZZZZZ_
END OF THE CENTURY
英語版で見たくてわざと劇場で見ずにDVD化するまで待っていて、DVDされたこと自体を忘れて今の今まで未見だった作品。

しかし、英語で見たあと日本語字幕を出して繰り返し見るほど気に入ってしまった。

たった3コードの組み合わせで世界を変えた、ラモーンズのドキュメンタリー。

ショットの皮ジャンにジーンズ、コンバースのスニーカー、という統一されたスタイルで21年間もずっとやっていたバンドは実は性格も考え方もバラバラの仲の悪い同志だった。

大学に進学して二年足らずで中退して実家に戻ってきたジョーイは強迫神経症と診断される。
ジョーイの弟はインタビューで20才そこそこで「useless=役立たず」という烙印を押された兄の将来をとても心配していたと語る。
そういえば、ボーカルのジョーイは長髪で顔を覆い、いつもサングラスをかけていた。
高校の卒業文集にはとても人の前には立ちそうもない、まさにオタクとしかいいようもない姿が。
バンドのフロントマンになる人間には実はこういうタイプが多いのかもしれない。

そんなジョーイの子供の頃からの仲間、10才からの保守主義者でレーガン、ブッシュを支持する頑固者ギタリストのジョニーと、ほとんどのソングライティングをし、ヘロイン中毒で「セックスドラッグロックンロール」を地でいくような根っからの自由人のベーシスト、ディーディー、マネージメント的役割も担ったドラムのトミー、が集まってラモーンズは結成される。

こんなに最初から矛盾だらけのメンバー達が、ドラマーのマイナーチェンジをしながらも1989年にディーディーが脱退するまでよく続けてられたものだ。

あのみんな一緒の格好は規律で縛るジョニーが制服のように皆に着せてきたもので、ディーディーはもっと違う服や髪型がしたかったなんていう中学の先生と生徒のようなたわいもない話が出てくる。

あと、これは自分は英語で聞き取れなかったが、ジョーイのつきあっていた女性をジョニーに取られ、後に結婚までされてしまう。
驚くのはこの件をジョーイは曲にしていて、その曲は「KKK took my baby away」だったのである。
この曲はKKK、つまり白人至上主義団体のクークラックスクランを批判した曲だと思っていたが、違うのだ。
このKKKはジョニーを表していたのである。

KKK took my baby away=ジョニーがオレの彼女を奪いとっちゃった、という意味だったのだ。

そんな歌詞の曲を当のジョーイが歌い、ジョニーが演奏し、曲も出している。

このスゴさがこの映画、そしてラモーンズの本質なのだ。



しかも、日本のみならず世界でも売れているように見えたが、実は本国ではまったく売れず、最後までライブハウス巡りをしていた。

最後の売れるチャンス、ニルバーナを中心としたグランジのムーブメントにも乗れず引退を決意する。

1996年に解散ならぬ引退をしたときには、ステージ回数は21年間で2600回を超えていた。

そして、2001年咽頭ガンで苦しんでいたジョーイが逝去すると、翌年ドラッグのオーバードーズでディーディーが、2004年は今度はジョニーが前立腺ガンで相次いで亡くなる。
(映画はディーディーのところで終わっているけれども)
生命自体の最期のところまで何故か足並みが揃っているのである。




あんなに仲が悪かったのにね。
posted by Hachimitsu at 21:29| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | リスニング教材としての映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。